花を一輪、茶室に添える。
それだけで、空気がふっと和らぎ、
季節が静かに姿をあらわすことがあります。
牡丹と芍薬。
どちらも華やかで、思わず息をのむような美しさをもつ花ですが、
茶席では、自然と選ぶ季節が分かれていきます。

牡丹は、春の名残をまとった花。
木の枝に、大きくゆたかな花を咲かせ、
その花びらは一枚ずつ、静かに舞い落ちていきます。
葉にはツヤがなく、やや乾いた手触り。
どこか、ひんやりとした空気の中で
しっとりと咲く姿には、炉の季節に通じる落ち着きがあります。
まだ朝晩は冷え込むころ、
炉の中にたゆたう湯気と、牡丹の凛とした佇まいが出会うとき、
茶室には深い静けさが生まれます。
それは、春の終わりを惜しむような、
どこか名残の美しさ。

一方の芍薬は、草の花。
やわらかな茎に、ふんわりとした花をのせて、
初夏の光のなかで、軽やかに咲きます。
葉は細く、ツヤがあり、みずみずしさに満ちていて、
その姿には、風炉の季節にふさわしい清涼感があります。
咲き終えると、花ごとぽとりと落ちる芍薬。
その潔さは、暑さの始まりを告げるようでもあり、
開け放たれた茶室を、風がそっと抜けてゆくようでもあります。
風炉の音、風のかたち、そして芍薬の香りが、
一つに溶け合う時間。
牡丹は炉の花、芍薬は風炉の花――
そう語り継がれてきたのは、
ただ咲く時期の違いではなく、
その花がもつ空気や、たたずまいが、
それぞれの季節の茶の湯の世界と
深く結びついているからなのだと感じます。
道具と花、そして季節。
その三つがひとつに重なったとき、
茶室の空気が整う。
そんな瞬間のために、今日も一輪、心を込めて。