
茶室に掛けられた一幅の軸、「薫風自南来(くんぷうみなみよりきたる)」——。
初夏のやわらかな光が差し込む中、この言葉はまるで風そのもののように、そっと心に沁み入ります。
「薫風」とは、文字どおり香るような風。
これは、立夏を過ぎたころ、南からそよそよと吹いてくる、青葉を揺らす清々しい風のことをいいます。
単なる気象現象ではなく、草木の香りを含み、命の息吹を運ぶような、やさしい風。
この風が「南より来たる」と記された禅語は、自然の恵みをありのままに受けとる、心の姿勢を示しています。
掛け軸は、茶の湯において「主客を結ぶ言葉」とされます。
亭主が軸を掛けるとき、そこには、季節を映す美しさだけでなく、客へのまなざし、空間への祈りが込められています。
「薫風自南来」の一語もまた、言葉の響きとその意味が、場をととのえ、茶室の空気を一変させる力を持っています。

この時季、床の間には水辺を思わせるカキツバタや、風にそよぐホウチャクソウ、二輪草などを一輪、凛と活けます。
花は風を視覚化するように、ただそこにあるだけで、空気が流れるように感じられます。
お香をたかずとも、軸と花だけで、「風の香」が満ちるのです。
茶席において風を感じるということは、目に見えないものを丁寧に扱うということでもあります。
湯がたぎる音、釜肌をなでる風、茶杓を取る手元の気配——
すべてが、「いまここ」に流れる風のように、やわらかく、静かに響き合うよう心がけます。

そして一服を差し出すときも、「南からの風」のように、押しつけず、軽やかに。
客が茶碗を手に取った瞬間、その手のひらにふと風が通るようであったなら、
その茶会はすでに、成功しているのかもしれません。
薫風は、日常にふと訪れる「ごく自然なやさしさ」の象徴です。
それは、茶を点てる所作や、道具を扱う手つきの中にも、静かに宿ります。
茶室という小さな宇宙に、初夏の風を招き入れる——
その一服の中に「薫風自南来」のこころを込めて、今日も客をお迎えしています。