夏の茶室。その軒先に吊るされた小さな風鈴が、風を受けて「リーン……」と澄んだ音を響かせます。目を閉じると、まるで高原の小川や山間の鳥の声のような、やわらかで透明感のある音色。耳に届いたその瞬間、体感温度がふっと下がるような、そんな気さえしてきます。
この風鈴は、岩手・南部地方で生まれた「南部風鈴」。伝統的工芸品として知られる南部鉄器を素材に、ひとつひとつ職人の手で鋳造されたものです。密度の高い鉄器だからこそ生まれる、長く高く澄んだ音。それは、ガラス製の「チリンチリン」という軽やかな響きとは異なる、深く余韻のある“静けさをたたえた音”なのです。
南部鉄器のはじまりは、江戸時代中期。盛岡藩(旧・八代藩)の藩主・南部利雄が、京都から茶の湯釜職人を招いたことが契機となりました。茶の湯と深く結びついたこの地では、茶釜や鉄瓶といった道具の文化が育まれ、やがて風鈴づくりにもその技術が応用されていきました。
実は、風鈴のルーツは仏具の「風鐸(ふうたく)」にあります。寺院の軒四隅に吊るされていた鐘型の鈴で、強い風に揺られて音を鳴らすことで、邪気を払い、聖域を守ると信じられてきました。やがてその信仰が貴族の住まいへと伝わり、平安時代には魔除けとして軒先に吊るす風習が広まります。明治以降には、涼を呼ぶ夏の風物詩として、一般家庭にも定着していきました。
風鈴の音には、小川のせせらぎや小鳥のさえずりと同じく、3,000ヘルツ以上の高周波音が含まれています。脳を心地よく刺激し、自律神経を整える癒しの効果があるともいわれ、古来より人々は、その音に暑さを忘れ、心をゆだねてきました。
風を「聴く」ための道具——。それが、風鈴です。
茶の湯の世界においても、音はひとつの「しつらえ」。湯が沸く音、柄杓が水面をたたく音、帛紗の衣擦れ。そうした音のなかに、季節が息づいています。
軒先の風鈴が涼を呼ぶのは、単に風を知らせるだけでなく、聴く人の感覚をひらき、季節とのつながりを深めてくれるから。
この夏、ZENLABの玄関に吊るされた南部風鈴。その音は、訪れる人の心にも、そっと涼を届けてくれています。