11月、茶の湯の世界では「炉開き(ろびらき)」を迎えます。
風炉の季節が終わり、炉の季節が始まるこの時期は、茶人にとって特別な節目。
火の位置を少し客の近くに寄せ、冷えゆく季節の気配を共に味わう、静かな移り変わりのときです。
炉開きのもう一つの大切な行事に、「口切(くちき)」があります。
春の新茶の頃、つまり五月に摘まれた茶葉は、夏のあいだ壷の中で静かに寝かされ、旨味を深めてゆきます。
それを秋の終わりに「壷の口を切る」ことで初めて世に出すのです。
この瞬間をもって、その年の抹茶が初めて点てられ、味わわれます。
新しい茶の香りが立ちのぼると、茶人たちは「お茶の正月」を迎えたと喜び合います。
新しい年の始まりを祝うように、炉の火とともに一年の茶の営みがまた始まるのです。
この季節に、茶席で用いられる特別な道具のひとつに「瓢炭斗(ふくべすみとり)」があります。
瓢炭斗は、瓢箪の実をくり抜き、乾燥させて作られる炭斗。
炭点前(すみでまえ)と呼ばれる、亭主が客の前で炭をつぎ、湯を沸かすための炭を組み入れる所作の中で用いられます。
瓢の自然な曲線が美しく、掌におさまる軽やかさの中に、どこか豊かさと瑞々しさを感じさせる道具です。
素朴な素材でありながら、茶室の空気を柔らかくし、炭を扱う所作にやさしい表情を添えてくれます。
昔は、口切の際に新しい瓢炭斗を用意し、その炉の季節が終わるとともに使い切って捨てるのが常であったといいます。
「その年、その一座のための瓢」。
ひとつの季節を共に過ごし、役目を終える潔さに、茶の湯の美意識が映ります。
自然からいただいたものを使い切るという姿勢にも、茶人の感謝と慎ましさが感じられます。
現代では毎年新調することは少なくなりましたが、その由来を思えば、瓢炭斗を手にするたびに、季節の循環と時間の尊さがふと胸に沁みます。
瓢は「福(ふく)」にも通じ、古来より縁起のよいものとされてきました。
その形は、くびれをもつ中に満ちる生命力を象徴し、無病息災や子孫繁栄の象徴ともいわれます。
茶の湯の道具としての瓢炭斗は、そうした吉祥の意味を自然に内包しながら、炉開きという祝いの席にふさわしい存在となっています。
そして、こうした茶の湯の習わしには、現代の暮らしにも通じる知恵が隠れています。
たとえば、季節の節目に空間を整え、道具を見直すこと。
それは、私たちの生活の中で、心を切り替える小さな儀式にもなります。
ものを大切に使いながらも、必要なときには潔く手放す。
自然の恵みを感じ、感謝をもって使い切る。
忙しい日々の中でも、こうした心の姿勢を取り戻すことで、暮らしに静かな調和が生まれます。
炉の中の火がやさしく燃える音、炭の香り、湯の沸く気配。
それらに耳を傾ける時間は、過ぎゆく季節を受け入れ、自分自身を整えるひとときです。
新しい抹茶の香りとともに、心も新たに。
茶の湯が教えてくれる「和敬清寂(わけいせいじゃく)」の精神は、今を生きる私たちの暮らしの中にも、確かに息づいています。
穏やかに燃える炉の火のように、日々の中に温かな静けさを見出したいものです。