涼を聴く:一筆の滝と夏の和歌

蝉の声が降りしきる盛夏。外に出れば照り返すアスファルトがまぶしく、冷たい飲み物を手放せない日々が続きます。そんな折、一幅の掛け軸がもたらしてくれた、ひそやかな涼に心が和らぎました。

墨一筋で描かれた滝。その筆致はまさに一筆書き。上から下へ、力強く、そしてかすれるように流れてゆくその線は、まるで実際に水音が聴こえてくるかのような気配をたたえています。

あえて描き込まず、余白を生かすことで、水が落ちる音、風にそよぐ木々、濡れた岩肌までもが、観る人の想像に委ねられています。墨の濃淡と擦れの美が、静けさの中にある涼しさを表しているのです。

この掛け軸は、書と画の双方を手がける阪正臣によるもの。一筆で描かれた滝と、その傍らに自作の和歌が添えられています。

奥山の滝の

元にて思ふかな

都の夏の

暑さいかにと

滝のふもとに立ち、涼を感じながら、遠く都にいる人々は今どれほどの暑さの中にあるのだろうかと想像する——そんな思いが詠まれています。

この和歌の美しさは、目前の涼しさにとどまらず、離れた場所に暮らす人々へと思いを寄せるところにあります。現代にたとえるなら、涼しい山中から、都会の暑さに耐える人々を想うまなざし。そこには、静かな共感とやさしさが感じられます。

一筆の滝と、この歌が添えられた掛け軸は、茶室の設えとしても、まさに盛夏の一服にふさわしいものです。

冷房や氷ではなく、「目に」「耳に」「心に」届く涼しさを生み出す感性こそが、茶の湯の知恵なのだと改めて感じました。

静かに水が落ちるような筆の音。和紙にしみこむ墨の呼吸。そして、そこに添えられた言葉の余韻。

この夏、あらためて「涼とは何か」を考えるひとときとなりました。