吊釜と旅箪笥 〜 室内でひとときの野点気分

春の午後。
まだ肌寒さが残る空気の中に、ほんのりと春の匂いが漂いはじめる季節。
今日の道具組みは、吊釜と旅箪笥の取り合わせです。

吊釜は、天井から鎖で吊るされた釜。白い湯気がゆらゆらと立ちのぼり、わずかな空気の動きにもふわりと揺れます。その動きがまるで、春の風を可視化したように感じられ、見ているだけで静かな心地よさをもたらしてくれます。

旅箪笥は、もともと旅先でも茶を点てるために使われたもの。倹飩蓋を外すと、木のぬくもりと共に、きちんと収められた道具たちの端正な佇まいが現れます。派手さはなくとも、どこか凛とした風情がそこにあります。

桜が咲き始めるこの季節、野点をしたい気持ちがふと湧いてきます。けれど、春の天気は移ろいやすく、風や雨に悩まされることも少なくありません。だからこそ、室内に春の草花をしつらえ、野の趣を取り入れることで、「場を移す」という感覚を大切にしたくなりました。

水仙、貝母(ばいも)、雪柳、山吹、宝鐸草(ほうちゃくそう)…。
どれも、野に咲くような自然な姿のまま、そっと一輪差すだけで、まるで外を歩いていてふと足を止めたくなるような風景が生まれます。花が主張しすぎず、そこにある静けさや確かさが、この時期のしつらえによく似合います。

掛け物には、山里の風景や春霞に包まれた山並み、のどかに歩む人や牛の姿、咲きはじめた野の花々など、移ろいゆく季節の情景が描かれています。画中の季節もまた春。どこか遠くへ出かけたくなるような、野の景色への郷愁と親しみが、静かに画面から伝わってきます。

吊釜の湯は、春の空気を映すように、やわらかく、そして静かに沸きます。
柄杓をそっと差し入れて湯をすくうと、その音と動きの中に、ゆるやかなリズムが生まれます。草木が芽吹くように、点前の所作もゆったりと、それでいて芯を持って流れていくのです。

旅箪笥と吊釜。ともに派手さはない道具ですが、その静けさの中に宿るのは、わざとらしさのない豊かさです。使い込まれた木の質感、鎖の影が揺れる天井、湯気に包まれた空間――どれもが自然に、そして深い余韻を残してくれます。

ZENLABでは、こうした道具の選び方、空間のしつらえそのものに心を込め、季節と響きあうひとときを紡いでいます。外に出られずとも、茶の湯があれば、どこにいても季節と共に旅をすることができます。

花を探しに行かなくても、風のかたちを借りなくても、
室内の静けさと湯気のゆらぎ、そしてひと椀のあたたかさが、春の訪れをそっと教えてくれる。

今日はそんな、野点の心を室内に映した春の一服でした。